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2005年4月11日 (月)

新潟中越地震支援上映会【掘るまいか】手掘り中山隧道の記録

昨日、和田堀給水所にお花見に行く前に、三鷹公会堂で行われた新潟中越地震支援上映会『掘るまいか〜手掘り中山隧道の記録』を見に行ってきました。

中山隧道(ずいどう)とは、山古志村・小松倉集落から広神村・水沢新田までの約900メートルを、昭和8年からおよそ16年間を費やして、つるはしだけで掘りぬいた日本一長い手堀りのトンネルなのです。

小松倉地区は山古志村の中でも最も奥まったところに位置し、冬になると雪に埋もれてしまう陸の孤島。隣村まで行くには峠越えをするしか道が無く、常に遭難と隣り合わせの生活。急病人でも出ようものなら、約4メートルの豪雪の中を病人を背負って行かねばならず、これでは助かる命も助からない。母親のため峠越えをして薬を取りに行った息子が遭難しかけたことをきっかけにして、隧道掘削の話が持ち上がったのでした。

川のないこの集落は、農業・生活用水ををひくために『横井戸』と呼ばれる山の横腹にあけた穴からの水源に頼っていました。狭い横穴を掘るために用いられていたのが、『片刃のツルハシ』で、隧道掘削にもこの横井戸掘りの技術が生かされていたのでした。しかし岩盤は堅く堀初めの頃は一日の掘削距離は平均30センチだったそうです。

そんな大事業も当初は県の援助を得ることが出来ず、莫大な掘削費用は小松倉の集落の人々の持ちだしで賄うしかありませんでした。農業と養蚕で現金収入を得ているこの集落にとってその費用を捻出するのは大変な苦労でした。そのため、小松倉は掘削推進派と反対派に二分されてしまいます。

県への助成金の申請はなかなか認められない上、太平洋戦争で若い堀り手を兵隊に取られてしまい、貫通まで600メートルを残して一旦工事は中断せざるを得なくなりました。しかし昭和23年には掘削推進派と反対派が和解し、掘削距離が飛躍的に延びることに。
その後も酸欠、大量の土砂水、落盤の恐怖と闘いながらも掘削は続けられ、昭和24年5月1日、とうとう隧道が貫通しました。

そして、平成10年に新中山トンネルが開通するまでのおよそ50年間にわたり、中山隧道は村人の生活を支えることになったのでした。

映画の上映に先立って、三鷹市長、橋本信一監督、撮影の松根氏の舞台挨拶があり、現在の山古志村の状況や震災前の撮影時の苦労話などが語られました。
昨年の地震でも中山隧道は細かい岩の剥落があった程度で大きな被害はなかったそうです。しかし、撮影に協力してくださった小松倉集落の人々は今も苦しい避難生活を続けていらっしゃるのだそうです。

映画の中には、震災にあう前の自然豊かな山古志村の風景、生き生きと農作業をする山古志村のお年寄りの姿が記録されています。地味なドキュメンタリー映画ではありますが、もしお近くで公開される機会がありましたら是非見頂きたいと思います。

会場のあちこちには募金箱が設置されていましたので、僅かではありますがあさぎも協力させて頂きました。


【関連リンク】
掘るまいかホームページ
KAWASAKIしんゆり映画祭 
(過去のしんゆり映画祭2003より掘るまいか〜手掘り中山隧道の記録
山古志村ふたたび〜中越地震復興応援写真集
山古志村ふたたび中越地震復興応援写真集
著者: 中條均紀
出版社:小学館
発行年月: 2005年 02月
本体価格:2,000円 (税込:2,100円)

会場内で販売されていた震災前の山古志村の美しい風景の写真集。あさぎも購入しました。
この写真集の収益は山古志村復興基金に寄付されます。

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